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論文紹介3

【論文紹介3:これまで考えられていたものとは異なる機序の抗体依存性感染増強(ADE)をSARS-CoV-2において発見】
西新井江北クリニックの医師 前田です。
2021年6月7日からの週のブログ担当ということで、いつものように論文紹介したいと思います。
今回紹介するのは、COVID-19関係の最新論文です。
当初はCOVID-19関係の論文を紹介するつもりはなかったのですが、かなり重要な論文だと思いますので紹介したいと思います。
あまり詳しくならないように論文紹介しますので、興味を持った方は原著論文を読んでみて下さい(この記事の作成時点では、まだpre-proofの状態ですが、フリーアクセスです)。
以前に私が紹介した論文も参考になると思いますので、もしよければそちらも参照してみて下さい。
■論文:
An infectivity-enhancing site on the SARS-CoV-2 spike protein targeted by antibodies
SARS-CoV-2のスパイク蛋白の感染増強部位が抗体の標的になる
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0092867421006620
■内容:
SARS-CoV-2(新型コロナウイルス)に感染すると、スパイク蛋白の受容体結合部位(RBD)に対する抗体が産生されます。その抗体は、宿主細胞の受容体であるACE2との結合を阻害することにより、SARS-CoV-2の感染を抑える、いわゆる中和抗体として働くことが分かっています。その一方、その他の抗体、例えば、RBD以外のスパイク蛋白に対する抗体も産生されるわけですが、その機能は不明でした。
筆者たちは、COVID-19患者から同定されたスパイク蛋白の対する抗体を解析しました。その結果、RBDの対する抗体ばかりでなく、N-Terminal Domain(NTD)に対する抗体も産生されており、その一部はSARS-CoV-2のACE2への結合性を増加させる抗体であること(感染増強抗体)、感染増強抗体は濃度依存的にSARS-CoV-2のACE2への結合性を増加させることが明らかになりました(発見1)。

さらには、SARS-CoV-2のACE2への結合を中和抗体が阻害する効果を、中和抗体の濃度依存的に感染増強抗体が減弱してしまうことが明らかになりました(発見2)。次に、感染増強抗体がスパイク蛋白のどの部位を認識しているのかを明らかにするため、さらに詳しい解析を行ったところ、感染増強抗体はNTDの下面に結合していることが分かりました(発見3)。さらに、感染増強抗体がSARS-CoV-2のACE2への結合性を増加させるメカニズムを明らかにするため解析を行ったところ、感染増強抗体がNTDの特定の部位に結合すると、NTD同士が感染増強抗体で架橋されることでNTDが引っ張られ、RBDが開いた構造をとることが明らかになりました(発見4)。RBDが開いた構造をとると、RBDがACE2に結合しやすくなることが分かっており、感染増強抗体がNTDに結合することで、RBDがACE2に結合しやすくなると考えられます。また、この結果から、NTDはRBDの機能を制御する重要な領域であると考えられます。最後に、COVID-19患者における感染増強抗体を中和抗体の差を測定したところ、COVID-19重症患者は非重症患者と比べて感染増強抗体が高いことが分かりました。また、非感染者でも感染増強抗体を持っている人がいることが分かりました(発見5)。
以上の結果は、感染増強抗体の感染増強効果を間接的に示したものであり、実際に体内で同じことが起きているかどうかはまだ分かりません(抗体は実際のCOVID-19患者から同定されたものですが、それ以外の実験は基本的にin vitro)。そのため、感染増強抗体が実際の体内で今回の結果と同じ働きをしているのかの確認、中和抗体だけでなく、感染増強抗体の測定、感染増強抗体を産生しないワクチンの開発の必要性について、筆者らは言及しています。

■感想:
この論文、個人的には下記の点でimpactがありました。
①新たなメカニズムによる抗体依存性感染増強(ADE)を
②実際のSARS-CoV-2感染において発見したという点です。
これまでADEは、「ウイルス粒子と不適切な抗体とが結合すると宿主細胞への侵入が促進され、ウイルス粒子が複製される現象」であり、「不適切な抗ウイルス抗体は、食細胞のFcγ受容体(FcγR)または補体経路を経由して目標の免疫細胞のウイルス感染を促進する」と言われていました。
簡単に言えば、「本来、抗体は感染制御に働くが、ある種の抗体は免疫細胞を介して感染促進に働く」ということです。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/抗体依存性感染増強

ADEは、デング熱の重症化の機序の研究に端を発しています。本来、デング熱は軽いウイルス感染症ですが、重症化したデング出血熱という状態があります。デング熱ウイルスは4つの血清型があり、ある血清型のデング熱ウイルスに感染した後、違う血清型のデング熱ウイルスに感染すると、血清型が異なるためにウイルスを殺すことができないどころか、同じデング熱ウイルスであるがゆえ、ある血清型のデング熱ウイルスに対する抗体と違う血清型のデング熱ウイルスが複合体を作りやすくなっており、その結果、上記の機序でウイルス感染が促進され、重症化してしまうということが分かってきました。
また、過去のコロナウイルス感染症であるSRASやMARSに対するワクチン開発中にも、ADEが確認されています。
ポイントは、初感染もしくはワクチン接種によって、その後に感染するウイルスを中和するには不十分な抗体が作られ、それが場合によってはADEを引き起こす可能性があるという点です。
このような背景があり、SARS-CoV-2に対するワクチン接種に反対する人の論拠の一つにADEがなっています。
COVID-19において、ADEの関与、しかも、初感染からADEのような病態があり、それが重症化の原因になってる可能性は論じられてきましたが、証拠は見つかっていませんでした。今回の論文は、実際のSARS-CoV-2感染においてADEの関与を示し、かつ、新たなメカニズム、しかも、「感染増強抗体」によるスパイク蛋白の構造変化によるADEを発見したという点で、かなりimpactがある論文だと思います。
なお、今回のADEは、古典的なADEを否定するものではなく、また、SARS-CoV-2感染において、今回のADE、古典的なADEの両者が関与している可能性も否定できないと考えます。
今回の論文の「感染増強抗体」は、非感染者にも持っている人がいたとのことで、「感染増強抗体」がどのような機序でできるのか(例えば過去の他のコロナウイルス感染症によるものなど)、「感染増強抗体」を感染する前から持っている人がSARS-CoV-2に感染すると重症するのかどうか、なぜ重症者は十分な中和抗体より「感染増強抗体」ができてしまうのかなど、解明が待たれます。
また、論文中にも記載があるように、「感染増強抗体」を産生しないワクチンの開発も待たれます。というのも、ワクチン接種にて、将来的なADE(今回のADE、古典的なADEとも)は否定できないから、また、「感染増強抗体」を感染する前から持っている人に対するワクチン接種にて、大きな副作用が起きる可能性が否定できないからです(ただし、中和抗体のみうまく誘導できるワクチンならば、接種した方がいいでしょう)。もし、「感染増強抗体」<=>重症化となれば、かつ、「感染増強抗体」を産生しないワクチンが開発されれば、「感染増強抗体」を持っている人のみ、「感染増強抗体」を産生しないワクチンの接種を行うということになることもあり得るかもしれません。
なお、今回の記事でワクチンを打った方がいい、打たない方がいいと論じるつもりはありません、というか、論じることはできません。
人類史上初めてのmRNAワクチンを含めて、ワクチン接種にて未知のことが起こる可能性はある一方、ワクチン接種にて発症リスク低下などの恩恵があることも確かです。ワクチンを打つか打たないかは個々で判断して頂きたいと思います。
なお、新型コロナウイルスのワクチンは基本的に、RBDの対する抗体を産生させるように設計されています。そのため、ワクチン接種にて中和抗体が十分できることは証明されています。しかし、今回の「感染増強抗体」を含む他の抗体がどのぐらいできるのか、もしくはできないのかというデータは発表されていないと思います(もしデータをお持ちの方は、ぜひ一報頂ければ幸いです。なお、例えば、mRNAワクチンに関して、SARS-CoV-2のゲノム配列、公表されているmRNAの塩基配列を解析することにより、理論上の可能性について検討することは可能です)。なお、ワクチン接種後の感染例は少ないですが、現状、明らかな重症化は見られていないようです。ただし、ワクチン接種によって作られた中和抗体では効果が十分でない変異株等が出てきた場合にどうなるかは未知数です。また、ワクチン接種からの時間経過とともに中和抗体は徐々に減ってくると言われており、その状態で既存の株を含めてSARS-CoV-2に感染した場合にどうなるかも分かっていません。
また、先日、足立区医師会のコロナワクチンの説明会に参加してきたのですが、講演者の先生が、「1回目の接種後にCOVID-19に感染すると、重症化するというデータがある」(だから、2回目は添付文書通り、3-4週間で接種した方がいいという文脈)とちらっとおしゃっていました。そのデータの出典元が分からないので、あまり言及はできませんが、1回目の接種では中和抗体が十分でないと言われており、今回の論文で出てきたような、中和抗体と「感染増強抗体」の割合が関与しているのかもしれません。
今回は、「これまで考えられていたものとは異なる機序の抗体依存性感染増強(ADE)をSARS-CoV-2において発見」という内容の論文を紹介しました。SARS-CoV-2が出てこなければ、今回の発見もなかったかもしれません。ネガティブに考えるのみでなく、ポジティブに考えることも、たまにはあってもいいのかもしません(SARS-CoV-2は「機能獲得実験」のウイルスが流出したものであるという説が未だにくすぶっており、もしそうであった場合、「機能獲得実験」をしていた研究者にとって、今回発見されたADEは既知のものだったという可能性はあり得るかもしれませんが.

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